日本のパールとは

『日本の真珠とその養殖』は歴史的背景からある一人の熱意を持った研究者から生まれたものです。現在、日本は世界に誇れる真珠を生産しておりまた認められています。そのきっかけをお話したいと思います。

歴史と始まり:真珠

真珠の歴史の始まりは、紀元前2206年にまでさかのぼります。記述として残されている最古のものは 中国に残されていました。そのころ、『真珠は富と地位のシンボル』

真珠の歴史の始まりは、紀元前2206年にまでさかのぼります。記述として残されている最古のものは 中国に残されていました。そのころ、『真珠は富と地位のシンボル』とされていました。

実は、真珠は養殖が可能になるまでの間とても貴重なものとして世の中に存在しているそれこそダイヤモンドと同じような扱いの宝石といっても過言ではなかったと思われます。

人工的に作り出すことのできなかった白いきれいな天然真珠は、人々の憧れでありまた、世界を股にかけて羨望を集めた宝石でした。

今では、日本は世界でも有数の養殖真珠が生産していますが古代から1492年ごろまでは天然真珠のみ取れる時代でした。その場所は、限定されておりさらに貴重性が高いものでした。産地として当時有名だったのは、ペルシャ湾、セイロン(現スリランカ)の海域、中国、ヨーロッパの川といわれています。

それから数世紀たってから日本において美しい円形の養殖真珠が誕生することになります。それまでの間は、天然真珠のみしか手に入ることがなかったのでとても高価なものだったことが予想されます。(参考文献:GIAより)

養殖のきっかけ:真珠

前文にも記載しましたが、日本の養殖真珠は世界でもかなり有名になっています。それこそパールを買うのであれば日本で買うのが一番いいといわれるまでになっています。

前文にも記載しましたが、日本の養殖真珠は世界でもかなり有名になっています。それこそパールを買うのであれば日本で買うのが一番いいといわれるまでになっています。

ですが、養殖のパールを作られるようになったのは実はとても最近の出来事なのです。皆さんもご存じのミキモトの創始者が真珠養殖を開発して世界に誇れる日本の宝石の1つとして真珠を広めた人になります。

歴史的に見ても実は、丸い新円の真珠が取れることはまれでそれこそ今でいうバロック(丸い形でないもの)が真珠のスタンダードな形とされていました。それを丸いものが安定して作れないかと開発を始めたのが 御木本幸吉 (現ミキモトの創始者)なのです。最初は、まん丸い今、皆さんが手にすることができる新円の真珠を開発することはできず、はじめは、半円形の真珠の開発から始まりました。

そこから時間をかけて新円の真珠を作ることに成功して今のミキモトパールを作り出した人なのです。

最初の半円形のパールができてその後、新円のパールができるかもしれないと感じてからきれいなまん丸い真珠ができるまで約12年の歳月をかけて開発されたものが今の『真珠を手に入れるなら日本で手に入れろ!』までのクオリティーを導き出したのです。

日本が一番といわれるワケ:真珠